心理療法という呼称
2018年03月22日
心理「療法」という呼称で思うこと。

この頃、1つの疑問が出てきました。精神分析では、精神分析を芸術の1つと言う人がいます。例えば、美術系大学卒業後、絵を描くことを中心にした生活をする人がいるように、こころを想うことを中心とした生活のようなことを意味するのかと思います。しかしながら、週3回以下の精神分析的心理療法では、「療法」と付いているばかりに、「病気を治す」という意味合いが強くなり、こころを想うことを中心にした生活という意味が弱くなるように思えるのです。こころを想うことは、病気を治す目的の随伴行為としての趣が強くなるように思えます。
とは言え、週4回面接に行くことはできなくても、週1回なら行くことができ、自分のこころを想う機会を持ちたい人はいると思います。そうしたとき、精神分析的心理「療法」という呼称はどこか合っていないように思いますし、それ以外の呼称が見当たりません。
もし「療法」を誰もが持つ病理的部分を考えるという意味に捉えるのならば、やや意味合いが近くなりますが、それでもどこか不十分に感じます。
「療法」とは無関係に週1回の面接でこころを想うというときの呼び方を今後考えられることはあるでしょうか。「精神分析的営み」が今は一番近いのでしょうか。精神分析的心理療法がより普及すればそのような呼称について考えられることがあるのかもしれません。
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